ゴームク巡礼記 その9
いよいよゴームク 水と氷の境界点に
< その8より続く >
朝もやの中、バギラティ河(ガンジス河の源流)を渡るゴンドラに乗り、ボージーバーサの対岸に渡りました。
その昔、ゴームクと呼ばれていた場所は、出発地ガンゴートリからずっと、ガンジスの右岸を(つまり、河を右手に見ながら)歩いてたどり着けましたが、そのルートは2013年の土砂崩れでふさがれてしまいました。
そこで、小さなゴンドラを河に架けて、それをキャンプのポーターなどの皆さんが引っ張ってくださるという仕組みになっています。
(ここの撮影はNG)
朝6時出発と告げられていたのですが、そんなに早いのは、このゴンドラでの渋滞を避けるためでした。
目論みどおり、めでたく当日の対岸一番乗りを果たしたわたしたち。
狭いゴンドラもなんのその。皆でマントラを唱えて、少し身体を動かしてから出発しました。
薄いダウンなど重ね着をして、帽子をかぶり、ちょうどよい気温。
日が上がって、少しずつ気温も上がってきました。
標高が上がり、しばらく歩くともう草も生えない岩と砂の世界に。

少しずつもやが晴れて、氷河に削られた左右の岸壁と、その上にそびえる峰たちが露わになってきました。
大きな岩がごろごろしていて、流れも少しずつ細くなっていきます。
休憩をはさみつつ、ゆっくりゆっくり登り、そろそろゴームクというところで、雲の向こうにバギラティ峰が姿を現しました。
三峰が重なりあうようにそびえています。
その三峰は雲に隠れては姿を現し、わたしたちを見守ってくれました。
ガイドさんたちが、「もうそろそろだよ」と教えてくれてからしばらくして、バギラティの手前に氷河の突端。そう、ゴームクがようやく見えました。
氷河は土砂を含んでいるので、よく見ないと周りの岩と見分けがつきません。
それでも、しっかり見れば、それは明らかに氷だと分かります。

夏に食べる氷菓にところどころ大き目の氷が紛れているように、ところどころに石が埋まってまだらに見えます。
近づいていくと、時折、氷が解けて、ドシャーっと、一部が崩れていきます。
そして、氷河から、氷から水になった流れが、穴の中から流れ出てきます。
穴の中は、真っ暗。
この穴が、「牛の口」に見えて、ゴー(牛)ムク(口)ということですね。
それまでゴーっと大きな音を立てていた河の音が、氷河が崩れる音が聞こえるところでは、サラサラと流れています。
それまでの音から急に小さくなって、天気もよくなって明るく照らされて、まるで別世界にいるようでした。
見渡す限りの岩と氷の世界で、 無音の中、輝く雪の峰に囲まれながら、頭上から明るい光がわたしたちを照らします。
ここから上は、水は個体としてしか存在しない境界です。
ゆっくりと後続の皆さんも氷河から流れてくるよどみの淵に到着しました。
皆感激で大きな声は出せないのか、人数が増えるのに静まっていて、日はますます明るくわたしたちを照らし、ドラマのワンシーンのように、わたしたちは、ただただスローモーションの祝福の中にいまた。
もう何度も味わっているような気もするし、まったく初めてのような気もする。
そんな不思議な気持ちでした。
ガイドの皆さんはグループになって少し遠くからわたしたちのことを眺めています。
ケイさんとわたしは、沐浴の準備をしました。
ケイさんは、宝剣を造る刀鍛冶です。
ご自身で「宝剣」という分野を作って、そこで勝負をされている方。
武器や鑑賞するためでなく、儀式や精神的なお守りとしての剣、「宝剣」を作られています。
鉄を鍛錬するのに、このゴームクはじめ、世界の力ある水を使われているとのことで、日本から空のペットボトルを3本持ち込んできています。
キャップを締めると、そのままロックされて、未開封のペットボトルになるという代物です。
日本で、世界で巡礼と修行を重ねられながら、魂を込めた刀を造っています。
わたくしは、皆さんの幸福を祈る友永ヨーガ学院の院長です。
なぜだか、ここで沐浴をするイメージをずっと持っていました。
そして、今、こうしてやって来ることができました。
ガイドの皆さんが見守るなか、裸になって入らせていただきます。
入った途端に、強烈に淳子先生のイメージが湧いてきて、涙が溢れそうになりました。
そう、淳子先生が存命の時には、この巡礼は叶いませんでした。
その意味で、やはり、わたくしは、淳子先生にここに連れてきてもらいました。
いつもガンジス右岸のリシケシで沐浴しているので、左を向いて、沐浴に入る儀式をしてしまいました。
でも、こちらは左岸でした。ですから、右を向いてもう一度同じことをしようとすると、急激に寒さが襲ってきました。
奥歯がかみ合わなくなるくらいの震えがやってきました。
まずは、わたしたちを有らしめ、こうした体験を与えてくれる至上の存在に。
そして、そうした存在について教えてくれたグルに。淳子先生に。
最後に、この肉体を与えてくれた祖先たちへ。
三回ずつ水を捧げて、最後に自分を清めます。
上がって、タオルで水を拭くと、もう身体はぽかぽかです。
身体の奥底から幸福感と清涼感が湧いてきます。
少し離れたところで入ったケイさんもきっと同じ思いだったでしょう。
平らになった場所で、皆で輪になりました。
わたしたち、何かに突き動かされるようにここまでやってきました。
「人生は巡礼」
そんなお題をいただいてやってきましたが、皆しっかり身に染みたのかなと思いました。
この人生も、この巡礼も、理由もわからずに始まって、いつ終わりになるのかも知らされていません。
わたしたちにできるのは、ただただ一歩一歩、足を前にだすことだけ。
一人、ひとり、そのように、人生を歩んで、ガンジス河畔を歩いてここまでやってきました。
安堵感と達成感、そして、祝福された感覚から、皆にこみ上げるものがあったようです。
本当に、わたしたち、よくやりました。
「よくやらせてくれた」神さまに、支えてきたお互いに、そして日本で支えてくれる皆さんに、マントラを唱えてご加護と祝福をお願いしました。
どのくらいの時間、そんなスローモーションにいたでしょうか。
お日様が高いところに上がって、ますます日の光が強くなって、見上げると右手の高いところから滝のように水が降ってキラキラと光っています。
その向こうには、シブリング峰がそびえ、雲をいだいています。
手前の岩肌には、ゴームクのさらに上、タポヴァンに向かうトレッカーたちが、蜘蛛の糸を登るように上がっていくのが見えます。

「そろそろ降りましょうか」
デリーからのガイド、ドヴェディさんが声をかけてくれました。
ゆっくり支度をして、ゆっくり降り始めました。
帰り際、シブリングの雲が晴れて、その丸い、本当にシヴァリンガのような姿を現してくれました。
何度も振り返り、何枚も写真を撮ってお別れをしました。

ガイドさんたちは、寝不足気味のわたしたちを気遣ってか、少し長めの休憩をたくさんとってくれました。最後はゴンドラに運ばれて自分のテントまで戻りました。
まだ日は高く、午後の4時になるかならないか。
食事までまだ時間があったので、たっぷりお休みをしました。
もう周囲の音も、隣を起こしてしまうのではないか・という心配も気になりません。
どこまでもくつろいで、至福のなか、祝福のなか、すっかり休んだのでした。
< その10へ続く >

