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2026 ゴームク巡礼の記録 その2 読むヨーガ 260619

  • 3 日前
  • 読了時間: 5分


そう、ということで、


トモちゃん。

チカラさん

マーちゃん

ケイさん

ヤスコさん

ナス先生

ニワさん

マリちゃん

ハルちゃん


加えてわたくしの10人は、谷奥さんに見送られ一路デリーへ。


機中は嬉しいことに、わたしたちの何人かは、隣り合って座れました。


皆さんが、互いに互いをよく知り、仲良くなっていかれるのを拝見するのは、とても嬉しいものです。


全日空さんに感謝です。



デリーに着くと雨でした。


これはよいサイン。


この時期晴れると40℃以上ですが、雨であればそこまで上がりません。


とにかく、日常にしても、旅にしても、温度差、気圧差、乾湿の差などなど、ギャップそのものは、わたしたちのエネルギーを消耗しますので、できればゆるやかなほうが有難い。



空港で出迎えてくれたガイドさんは、スーリヤカント・ドゥヴェディさん。


ヴェーダ(ヴェディ)を二冊(ドゥ)、暗唱できた家系の方ですね。


「 もう わたしは暗唱できないのです」とおっしゃられていましたが、とてもインテリジェントなのがお話しの端々に伺えます。


バスの運転手さんは、アショクさん、助手はサティーシュさん。


マリーゴールドの花輪(マラ)を首にかけていただいて、一路ホテルへ。



デリーのラッシュアワー
デリーのラッシュアワー



金曜夕方のラッシュアワーにはまってしまいましたが、綺麗な夕焼けに照らされながら、ホテルには20:00すぎに着。


これは現地時刻なので、日本では11:30すぎ。


もうずいぶんくたびれてはいるのですが、機内食は軽食だけだったので夕食をいただくことに。


皆でビュッフェを楽しんで、就寝しました。



まだ薄暗いうちから同室のケイさんは早起きされて、瞑想されている模様。


わたくしも呼吸法だけ終わらせて、シャワーを浴びてから、一緒に散歩へ出ました。



ここはヤムナ河の東側。


デリーからすると、河を隔てたいわゆる「田舎」のほう。


ゴミが散乱していたり、空き地が農地として使われていたりと、まだまだワイルドでのどかなインドが顔をのぞかせています。


気持ちよくお腹が空いて来たので、最上階の食堂へ。


皆さんと挨拶を交わしながら、朝日に照らされ朝食をいただいたのでした。



部屋に戻り、パックをすませ、バスに乗り込み、高速へ。


高速に馬車や牛車が走っていた10年以上前とは違って、バスは快適に走り続けたのでした。


いつものドライブイン、チータルグランドでチャイ、今回初めてお邪魔する現代版ダーバー(道端の食堂)を経て、ハリドワールに近づきました。


ここから大渋滞に巻き込まれます。


昨年9月も、11月もそうでした。


でも、今回は、渋滞の密度が違って、ぎっしり詰まって、なかなか進みません。


北インドでは5月中旬に学校が夏休みを迎えました。


昨今は特に、家族で山の高い所へ避暑にでかけるのが以前よりもブームになっているとのこと。


リシケシに入ってからは特にひどく、いつもは対面交通のアシュラムの表側(ガンジス河側)の道路と、裏側(山側)の道路を、それぞれ下り、上りの一方通行にして解消を図っているにも関わらず、じりじりとしか動けません。


昨年11月には50人でバス2台に分乗しても15時台にはアシュラムに着いたのが、今回は16:30。


体感的には2時間以上渋滞に閉じ込められていた気持ち。


インドの中間層の購買力の向上を体感したのでした。


有難いのは、こちらも小雨模様で、気温がそこまで上がっていないこと。


荷物を下ろし、レセプションでチェックインを済ませて、18:00、スワミ・カーティケヤンジの待つご自身のお部屋へ向かうことができました。


93歳を超えられ、少し耳が遠くなられたかなと思いましたが、お声と眼光は変わらずしっかりされています。



いつもは、スワミジに「何かわたくしからお話できることはありますか?」と聞かれると、皆さんの顔を見渡していましたが、今回は決まっていました。


「巡礼とは、何なのでしょうか。なぜ、わたしたちは巡礼をするのでしょうか」


スワミジは、少し嬉しそうなお顔をされて話始められました。



「巡礼とは、わたしたちの人生が巡礼に他ならないことを思い出すためにするのです」


「わたしたちは、なぜ、どうやって自分が生まれて来たのか誰も覚えていません。


まったくのミステリーです。


そして、今後、どこまで生きて、どうやってなくなるのかも分かりません」


「どれだけの富を持っていようと、何ををどれだけ知っていようと、わたしたちは、ただ、ただ歩くしかありません」


「人生は聖なる場所から、聖なる場所へ至る巡礼なのです」


「わたしたちは、それを理解するために巡礼します」



そして、スワミジは、ご自身が40年前、当時のドイツからのインド大使のご家族とゴームクへ登られた写真をお見せくださいました。


スワミジも登られたのを知って、ゴームクが少し身近に感じられました。


そして、がぜん「旅行」から「巡礼」へと気持ちが切り替わりました。


出発にあたって祝福のお祈りを頂き、お部屋を後に。


皆で食堂で晩御飯を頂戴して、サットサンガに出て休みました。



翌日5月31日が満月の日でした
翌日5月31日が満月の日でした


朝は5時に瞑想、6時にアーサナ、7時に朝ごはん。


いざ出発・・というところなのですが、実はバスはデラドゥンという、リシケシから1時間ほど離れたこの地方の州都に行ってしまったのでした。


ガンゴートリまで登る商用バスは、そこで車検をうけないといけないのです。


車検場が開くのは10時。


とはいえ、どうしても、インドのお役人さんは時間に遅れ気味。(とガイドさん)


しかも昨日と同じ渋滞の道を戻ってくるとのこと。


少し部屋でゆっくりして、9時に手荷物だけ持って河岸へ降りました。


大きな荷物は先にバスに積んでもらっていたのでした。



リシケシの街も9時には、まだほとんど閉まっています。


巡礼のお話も聞いたので、アシュラムに留まっているのも気分が落ち着きません。


リシケシから合流したガイドのアロックさんと、デリーからのガイド、スーリヤさんと話して、バスとの待ち合わせ場所まで先に進むことにしました。


向かったのは、タクシースタンドから三輪のオートリキシャで10分ほどの坂の中腹。


デラドゥンやハリドワールから来る道との合流点で。「バドラカーリー女神寺院」という、小さな祠と、公衆便所、チャイスタンドのある、インドには非常にありふれた感あるローカルなポイントでした。


リキシャから受ける風に旅のはじまりをいやおうなく感じましたが、バスが昇ってくるべき道はどこまでも車が詰まっていたのでした。

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