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2026 ゴームク巡礼の記録 その1 読むヨーガ 260612

  • 2 日前
  • 読了時間: 6分


≪ 2026 リシケシ ウッタルカシ ガンゴートリ ゴームク 修行と巡礼の旅の記録 ≫


2026年5月末から、6月にかけて、10人の仲間とゴームクに巡礼を果たしました。


その記録をここにまとめておきます。



< なぜゴームク? >



リシケシのアシュラムに出入りをさせてもらって、かれこれ20年以上が経ちました。


リシケシはよく、「ヒマラヤの山すそ」(Foot Hill of Himalaya)と言われるのに、リシケシに着ても山すその、「すそ」は見えますが、いわゆる、ヒマラヤらしい、万年雪を戴いたいただきを見上げることはできません。


アシュラムに泊まらせてもらっている時、「これから、ガンゴートリに行く」、あるいは、「ゴームクに行って来た」、そんな話を聞くともなく耳にしていました。


チャーダム(四つの聖地)と言って、リシケシを拠点に、それぞれへと登っていくことができるのも知っていました。


そのどれかにいつか行きたい、雪を抱いたヒマラヤの山々をいつか見たいという気持ちは、そうしてアシュラムに行ったり来たりしている間に膨らんでいきました。



そうしているうちに、2024年、淳子院長が亡くなり、2025年にわたくしが友永ヨーガ学院を継ぐことになりました。


これを契機に、ツアーを組んでゴームクへいけないか、考え始めました。


ちょうど、15期の募集は2026年の10月から。


14期も卒業の目処がつきはじめていました。


アシュラムよりガンジス上流を望む
アシュラムよりガンジス上流を望む

< 行くなら今 >



インド方面の相談をするときは、まずは大陸旅遊の谷奥さんに連絡をします。


谷奥さんご自身、ゴームクには二度行かれています。



・氷河が後退していること → だから、ガンゴートリからの道のりが年々遠くなっていること


・インドの物価が上がってきていること → 今後旅行費用は上がる傾向にあること


・国立公園として入山の規制が厳しくなっていること → これから先、入山できるのが狭き門になる可能性があること



などから、行くのであれば早めがよいということでした。



スケジュール的にも、15期のスタート時期前の9月は雨が多いので、雨季の始まる6月がよいと考えていました。


デリーやリシケシなど、標高が低い所はものすごく暑い季節ですが、道路はまだ締まっています。




2013年9月末は、土砂崩れでウッタルカシまでもたどり着けなかったことを考え、学院の休みがある5月末を中心に旅程を組みました。




< ツアー催行なるか >



予約受付開始は2025年11月。


即座に申込を戴いたのは、3人。


13期の西村さん、アシュラムへの旅行に2回参加してくれた掛田さん、そして、そのお連れ合いで、学院の足圧講座などに何度かご参加くださった保井さん。



旅の募集開始後、受付のスタッフからは、「4000メートル!すごいですね!」の声。


その裏側に「本当に集まるのでしょうか?」の響きを感じて、ああ、そうかと思いました。



わたくし自身は、ゴームクの標高、4000メートルというのは抵抗なく考えていました。


富士山は20年弱前に経験していました。


その際は高山病もひどくなく、するする行って来られた印象が残っています。


4000メートルと言っても、富士山よりも200メートルと少し、高いくらいだろう。


当時より、今の方が呼吸法はより自分に身につけられているから大丈夫だろう。


そんな根拠のない自信がありました。



複数のスタッフによれば、「その200メートルが違うのでは?」と。


確かに、富士山も登ったことのない人の方が多いのですよね。




でも、こればっかりは、募集してみないと、そして行ってみないと分からないこと。


谷奥さんも、ご経験から、「年齢とかあまり関係ないみたいです」とおっしゃっていました。



そんなこんなを、募集の文章に盛り込んで、皆さまにお知らせを送り、機会あるごとにお誘いしました。



そうこうしているうちに、締切期日が近づいて来ました。


果たして人数が集まるだろうか?


少し不安になりかけた頃、何人かから申し込みが入りました。



お一人は、根津啓さん。


五反田で教室を開かれている、高名なヨーガの大家、成瀬雅春先生の生徒さんです。


昨年9月、新潟の渡辺直人先生のご一行をアシュラムへ旅した際、奇遇にもちょうど同じ日便でご出発の、成瀬先生のツアーでインドに向かわれる根津さんと席が隣同士になったのでした。


その全日空便はびっちり満席。


わたくしの隣の通路側の席の方の上に、エアコンの結露の水が垂れてくるというアクシデントのあったフライトでした。


そんな、ざわついた機内で、シーンと座っていらしたのが根津さんでした。


一目でご修行を重ねられている方というのは分かりました。


聞くと、刀剣を造るお仕事をされているとのこと。


刀剣を造るということと並行して、お若いころから、宗派、流派に関わらず、修行というものに興味をもっていらしたということで、成瀬先生のところで20年以上、ヨーガ以外にも、修験道の修行会などにもご参加されていると伺いました。


そんな情報を交換して、連絡先も交換してデリーの空港からそれぞれの旅路に着いたのでしたた。


そして冬になって、根津さんのお師匠さまのご一門のグループ展が日本橋のデパートで開かれるというので、お昼をご一緒することに。


その際、「実はゴームクに行きたいと考えている」・・ということを伺っていたのでした。




もう一人は、伊藤康子さん(木曜の朝ヨガご担当の伊藤先生)



13期卒の伊藤康子さんは、ライターをされながら、山のガイドのお仕事もされています。


今回の旅程を見て、「行きたい」と思ったものの、谷奥さんもご一緒されないのでサポート体勢に不安を感じておいででした。


二回目の説明会で谷奥さんとお話の上、ガンゴートリからゴームクはガイドが2人着くことを確認。


これで、体調が悪い人が出た場合でも、一人のガイドが一人を連れて戻ることができます。


そして、往路も復路もボージーバーサに宿泊することにしました。


これで、最終目的地のゴームクへのアタックが叶わない場合でも、ボージーバーサに留まることができるようにしました。

(それまでは、往路は、もっと手前のチルバーサに宿泊予定でした)


不安がなくなったので、お申し込みを頂き、これで5人。



そこに宮崎の那須由美子先生からお電話。


「宮崎の那須です。3人で申込ます」とのこと。


以前から、淳子院長の本から当院のことを知って頂き、リシケシにもご一緒し、コロナになってからはオンラインの会員でいてくださったのでした。


近年、山が好きになり、山好きのあとお二人(丹羽智子さん、軸丸麻利子さん)がお申し込みくださるとのこと。



そして最後には、10期の杉田晴美さんがお申し込みくださいました。


高所の山道を歩くことに少し不安を感じていらっしゃり、期日のぎりぎりになってのお申し込みでした。



羽田には谷奥さんが見送りに来てくれました
羽田には谷奥さんが見送りに来てくれました


これでわたくしを入れて10人、するすると催行できる人数が集まりました。


3月末に募集を締め切り、あっという間に5月。


29日朝8時、羽田空港で皆さんとお会いすることができました。



整理すると


掛田智子さん (トモちゃん)

保井力さん   (チカラさん)

西村昌美さん (マーちゃん)

根津啓さん   (ケイさん)

伊藤康子さん  (ヤスコさん)

那須由美子先生 (ナス先生)

丹羽智子さん (ニワさん)

軸丸麻利子さん(マリちゃん)

杉田晴美さん (ハルちゃん)


そしてわたくしの10人が旅の仲間となりました。


皆が乗った全日空便は、滑走路が混んでいたので、定刻より少し遅れて羽田を飛び立ったのでした。


 
 
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