ゴームク巡礼記 その7 空き地を越えて すべてを越えて
- 10 分前
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なかなかたどり着かないボージーバーサ。でも、わたしたちは、ちゃんとどこかにはたどり着いていたようです。
< その6から続く >
疲れたわたしたちに、今度は落石の可能性があるエリアがやってきました。
そんな中、ネギさんが背負ってきた大きなリュックから、人数分、ヘルメットを持ち出してくれました。
小さな石でも当たり所が悪ければ命に関わります。
一人ひとり、アロックさんの合図にあわせて、上をみながら、足元を確認しながら渡っていきます。
いくつか、緊張を強いられる箇所を越えると、平坦な、岩もない、小学校のころまだ近所にあった空き地にできたような、踏みならされた道が伸びていました。
上を見上げると、まだ残っている青い空に雪を頂いた峰が連なっています。
とたんに、大きな涙がぽろぽろ、わたしの目からこぼれ落ちました。
くたくたに疲れて緩んだ身体の、あれこれ考えて硬くなった横隔膜がゆるんだからでしょうか。
あるいは、深刻ぶったわたしを神さまがくすぐってくれたのでしょうか。
大きな笑い声とともに、涙が止まらずにあふれでてきます。
近くにいたトモコさんも一緒に笑いました。
わたしが、しでかしたと思ってきた、思い込んできた、数々の出来事。
人のせいにしたり、自分を責めたり、いろいろに心を使ってきました。
でも、その一つひとつの出来事があったからこそ、今のこの、4000メートルに迫ろうという巡礼路にて足を運べている。
間違ったと思っていたこと、してやられた、してしまったと思っていたこと、そうしたそれぞれがなければ、わたしはここにはいない。
何も間違いではなかったんだ。
そう言葉が涙に追いついてきました。
歩みがずいぶんと遅くなったニワさんの前に、ヤスコさんが立ちました。
白いパーカーを羽織って、観音さまのような笑みで、リュックのひもをニワさんに渡します。
「これを握って、少しひっぱられるようにして歩いてみて」
ヤスコさんは、スイスイ、長い列の間を行ったり来たりして、皆さんの様子を気遣い、神々しい献身をされていたのでした。
あとになって分かったことですが、一泊目をボージーバーサに移したのは、谷奥さんでした。
ヤスコさんは、ゴームクまで登れない人が出てきたときに備えて、往復のキャンプ地を同じにしたほうがよいこと、そして、サポート体制を充実させること、さらに、高度順応の大切さを訴えてくれていたのでした。
のちに、スワミ・カーティケヤンジのお話に、こうありました。
「人は、『人生は巡礼だ』ということを思い出すために巡礼に出る」
そして、
「その巡礼途中、人は人に助けられ、人を助けて、学び、手放し、許され、許す」
涙も落ち着いて、先を見ると高台にネギさんが待っていてくれました。
そこから見下ろすと、ボージーバーサのキャンプサイトが広がっています。
色とりどりのテントが並ぶさまを見て、着いた!、もう大丈夫!と実感しました。
ハルちゃん、ニワさん、トモコさん、チカラさん、マーちゃん、ヤスコさん、みんなで抱き合って、涙を流して喜びました。

キャンプサイトまで下りて、食堂となっているテントに入り、折りたたみの椅子に座り、温かいチャイと熱々のフライドポテトをいただきました。
これまでの道を饒舌に振り返り、ここまでのお互いの健闘を称えあいました。
後日、メールでいただいたニワさんの感想文にはこうありました。
「今こうして帰国し、全ての日々があったからこその、忘れ得ぬ旅ですが、やはりゴームクへのトレッキングが一番心に響いています。
苦手な登りに息が上がり、この先迷惑をかけてしまうのではないかと不安を感じた頃から、学院やポーターの方々のさりげない人間力に圧倒されました。
押し付けず、共感し、ユーモアを持って温かい、常におおごとにせず、『誰にでもある。たいしたことではない」という風に接してくれることが、こちらをみじめな気持ちにさせない。
この方々はプロの人間なのか?それともヒンドゥーの神々の使いなのか?
人に感激して、感動して、涙が溢れて止まらなかった日のことを思い出します」
< その8へ続く >

