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ゴームク巡礼記 その7 空き地を越えて すべてを越えて

  • 10 分前
  • 読了時間: 4分

なかなかたどり着かないボージーバーサ。でも、わたしたちは、ちゃんとどこかにはたどり着いていたようです。


< その6から続く >


疲れたわたしたちに、今度は落石の可能性があるエリアがやってきました。


そんな中、ネギさんが背負ってきた大きなリュックから、人数分、ヘルメットを持ち出してくれました。


小さな石でも当たり所が悪ければ命に関わります。


一人ひとり、アロックさんの合図にあわせて、上をみながら、足元を確認しながら渡っていきます。



いくつか、緊張を強いられる箇所を越えると、平坦な、岩もない、小学校のころまだ近所にあった空き地にできたような、踏みならされた道が伸びていました。


上を見上げると、まだ残っている青い空に雪を頂いた峰が連なっています。


とたんに、大きな涙がぽろぽろ、わたしの目からこぼれ落ちました。



くたくたに疲れて緩んだ身体の、あれこれ考えて硬くなった横隔膜がゆるんだからでしょうか。


あるいは、深刻ぶったわたしを神さまがくすぐってくれたのでしょうか。


大きな笑い声とともに、涙が止まらずにあふれでてきます。



近くにいたトモコさんも一緒に笑いました。



わたしが、しでかしたと思ってきた、思い込んできた、数々の出来事。


人のせいにしたり、自分を責めたり、いろいろに心を使ってきました。


でも、その一つひとつの出来事があったからこそ、今のこの、4000メートルに迫ろうという巡礼路にて足を運べている。


間違ったと思っていたこと、してやられた、してしまったと思っていたこと、そうしたそれぞれがなければ、わたしはここにはいない。



何も間違いではなかったんだ。


そう言葉が涙に追いついてきました。



歩みがずいぶんと遅くなったニワさんの前に、ヤスコさんが立ちました。


白いパーカーを羽織って、観音さまのような笑みで、リュックのひもをニワさんに渡します。


「これを握って、少しひっぱられるようにして歩いてみて」


ヤスコさんは、スイスイ、長い列の間を行ったり来たりして、皆さんの様子を気遣い、神々しい献身をされていたのでした。



あとになって分かったことですが、一泊目をボージーバーサに移したのは、谷奥さんでした。


ヤスコさんは、ゴームクまで登れない人が出てきたときに備えて、往復のキャンプ地を同じにしたほうがよいこと、そして、サポート体制を充実させること、さらに、高度順応の大切さを訴えてくれていたのでした。



のちに、スワミ・カーティケヤンジのお話に、こうありました。


「人は、『人生は巡礼だ』ということを思い出すために巡礼に出る」


そして、


「その巡礼途中、人は人に助けられ、人を助けて、学び、手放し、許され、許す」



涙も落ち着いて、先を見ると高台にネギさんが待っていてくれました。


そこから見下ろすと、ボージーバーサのキャンプサイトが広がっています。


色とりどりのテントが並ぶさまを見て、着いた!、もう大丈夫!と実感しました。


ハルちゃん、ニワさん、トモコさん、チカラさん、マーちゃん、ヤスコさん、みんなで抱き合って、涙を流して喜びました。


この景色はきっと一生忘れないと思います ボージーバーサ全景
この景色はきっと一生忘れないと思います ボージーバーサ全景

キャンプサイトまで下りて、食堂となっているテントに入り、折りたたみの椅子に座り、温かいチャイと熱々のフライドポテトをいただきました。


これまでの道を饒舌に振り返り、ここまでのお互いの健闘を称えあいました。



後日、メールでいただいたニワさんの感想文にはこうありました。


「今こうして帰国し、全ての日々があったからこその、忘れ得ぬ旅ですが、やはりゴームクへのトレッキングが一番心に響いています。


苦手な登りに息が上がり、この先迷惑をかけてしまうのではないかと不安を感じた頃から、学院やポーターの方々のさりげない人間力に圧倒されました。


押し付けず、共感し、ユーモアを持って温かい、常におおごとにせず、『誰にでもある。たいしたことではない」という風に接してくれることが、こちらをみじめな気持ちにさせない。


この方々はプロの人間なのか?それともヒンドゥーの神々の使いなのか?


人に感激して、感動して、涙が溢れて止まらなかった日のことを思い出します」



< その8へ続く >



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