ゴームク巡礼記 その6 疲れと日没の冷たい風
- 3 日前
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ガンゴートリを出発したわたしたちは、雪を抱いた峰を望み、揺れる野ばらに背中を押されながら、天上の世界を歩いていきました。
< その5から続く >
とはいえ、登りは、どこまでも続くのでした。
そう、説明会では、皆さんにこうお話しました。
「荻窪から銀座までの距離を歩きます。その間に、1000メートル登ります」
もちろん、これは、言葉としては理解していました。
新宿や渋谷から、荻窪までは歩いたことがありましたし、新宿から、四谷を経て麹町、そして霞が関、日比谷と、イメージをたどることはできました。
でも、その距離で1000メートルを登るということは、やはり、登ったことがないので、体感としてうまくつかめていませんでした。
長い登り道を歩くうちに、身に着けるものがどれだけ大切かも学びました。
厚着がすぎると汗をかきます。
汗が冷えると体温が奪われます。
だから、風が吹き始めたら、一枚羽織り、日が照ったら脱いで、雨が降ったら雨具を出すということを繰り返します。
こうして、長い登りの間、いくつもの沢が横切るので、そのたびに下り、岩を越え、また登るを繰り返しました。
こんなことを、朝8時から、お昼を過ぎて、15時まで続けてきました。

わたくし含め、だんだん言葉が出なくなり、列はどんどん長くなりました。
ハルちゃんと、ニワさんは、アロックさんとラマンさんに荷物を持ってもらうことにしました。
ようやく、当初、募集時に予定していたキャンプ地、チルバーサに着きました。
そう、当初は、こちらに一泊して、翌日、ゴームクまで向かうことを考えていました。
「でも、もし調子を崩す方がいた場合どうしよう?」
登山のガイドをされているヤスコさんが谷奥さん(大陸旅遊)にかけあってくれて、往路と復路のキャンプ地を同じボージーバーサにしたのでした。
そうすれば、もし体調が悪くなってゴームクまで向かえなくても、ボージーバーサで待っていられます。
何度も沢を越え、大きな岩たちを越え、少しずつ高い木々が見えなくなり、日陰がなくなってきました。
そろそろ、樹木は限界を迎えたのでした。
チルバーサのチルは、松。
ヒマラヤ杉とともにこちらの高山に生える松のこと。
杉も、松も姿を消し、野ばらも姿を消し、背の低いヒマラヤのトゥルシーと、ミヤマキンバイくらいしか目に入らなくなりました。
そう、遠くを見上げるのが少しずつ難しくなりました。
写真を撮るのに立ち止まることができなくなって、ただただ自分の一歩一歩に集中せざるをえなくなりました。
ずいぶん高度が上がってきたこともあって、呼吸もずいぶん浅くなってきました。
口からも思いっきり息を吸い入れて、何度も何度も大きな呼吸を繰り返しました。
こんな風に全身で息を吸うのは、小学校のころ、鬼ごっこをして、死に物狂いで逃げたとき以来でしょうか。

先を行くナス先生のリュックがあまりに大きく重く見えました。
左右の揺れも、時折、少し大きすぎるように見えます。
後ろからついてくるニワさんが、あまりにけなげに感じました。
何度か足をつってしまいましたが、それでも黙って一歩一歩歩を進めています。
あれだけ晴れ晴れとした気持ちかに、暗雲が垂れこめてきます。
チルバーサに泊まればよかったのではないか。
すっとした姿勢で、スイスイ歩かれていくヤスコさんのことを恨めしく思ってしまいます。
わたしは、このツアーを催行したいがために、ナス先生やニワさんに「ちょっと銀座まで歩くだけですよ」なんて言って参加してもらい、無理をさせてしまったのではないか。
猜疑心が頭をもたげます。
日は陰って、冷たい風が山から吹きはじめました。
< その7へ続く >


