マンゴー通信 – ヨーガやインド、心と身体の健康などに関すること。 – 友永ヨーガ学院
18.12.8
139号
友永乾史
(友永ヨーガ学院理事、マンゴー通信編集長)


What's Mango Express?~マンゴー通信のご紹介~

 ただひたすらマンゴーを食べるときのようにヨーガを味わって欲しい、インド原産のマンゴーのように多くの人に愛されたい、そんな気持ちで書いています。ヨーガやインド、心と身体の健康などに関することをテーマにほぼ毎週アップします。

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第139号 日本をヨーガ(1)


先の「日本のヨーガ」をずらずらと書き連ねてから、「環境にどれだけ順応できたか」、その巧みさがヨーガなのではないか。そんな考えが湧いてきています。ヨーガの定義である、「心の働きを止滅する」、「すべての苦悩から離れる」ということから考えても、あながち拡大しすぎた定義ではないと思います。

 

そこで今号からは少し、日本という環境で、ヨーガがこれから果たしていくだろう役割について書き連ねていきたいと思います。

 

日本には、お釈迦様の教えとともに入って来た、心を鎮めるための、さまざまな儀式や技術(=ヨーガ)が非常に広範に、深化した形で生活に溶け込んでいる。「日本のヨーガ」ではこうしたことを繰り返しお伝えしてきました。

 

心は、あるいは思考は、それを宿した当人に、いろいろなことを経験させようとします。いわゆる「欲」という非常に強力なエネルギーとして、私たちを突き動かし、世界を今私たちの見えるような形にさせています。

 

「欲」が、一番過激に、集合的に表れると、戦争という形態をとります。その昔、狩猟や採取が生活手段だったころの、家族を基本とした集団社会や、放牧、牧畜などの部族においては、まだそれは、「争い」というレベルの衝突だったのが、農業革命を経て、都市が生まれ、国と呼べる集団が出来始めて、そこに「戦争」が生まれました。

 

部族社会の頃までは、まだヨーガという言葉は生まれていません。10人から100人程度の集団においては、「私」は家族の一員という以外何ものでもなく、自然とともに、神とともに、生まれ、生き、息を引き取っていったことでしょう。私と神は、そのまま、お話しをすることができた時代と言えるかも知れません。

 

牧畜や農耕が進化して、集団が少しずつ大きく、100人から1000人程度になるにつれて、神様と話すのが得意な人が出てきます。それが客観的に認められるものなのかどうかはさておき、部族の浮沈が神々とのコミュケーション=儀式にかかってくるとなれば、そのための祭壇も、祝詞も手順も大がかりになってきます。人の欲も大きく複雑なってきたことでしょう。部族の中に可愛い子がいても、ライバルがいたかも知れません。あるいは、神と話す家族の女の子と、家畜の世話をする男の子の間の結婚は認められなかったかも知れません。集団が大きく、複雑になるにしたがって、悩みも、欲も大きくなっていったことでしょう。

 

このころ、ヴェーダ=知識という言葉が出てきます。こういう形が正しい神様との話し方だという型が生まれます。(続く!)

 

 

この地図のさらに左上のほう、イランの北部、カスピ海の沿岸。そこが『ヴェーダ』をインドに持ち込んできたアーリア人たちの故郷といわれています。(画像はWikipediaより)