マンゴー通信 – ヨーガやインド、心と身体の健康などに関すること。 – 友永ヨーガ学院
18.10.8
131号
友永乾史
(友永ヨーガ学院理事、マンゴー通信編集長)


What's Mango Express?~マンゴー通信のご紹介~

 ただひたすらマンゴーを食べるときのようにヨーガを味わって欲しい、インド原産のマンゴーのように多くの人に愛されたい、そんな気持ちで書いています。ヨーガやインド、心と身体の健康などに関することをテーマにほぼ毎週アップします。

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第131号 日本のヨーガ(3)


前号に、ヨーガに国境はないと書いた。

 

それでも、人の身体は、生まれ育った文化から影響を受ける。

 

食卓に椅子を用いる文化と、そうでない文化では、立ったり座ったりの回数が大きく違う。これによって、股関節、膝、足首の柔軟性と肚と腰の筋肉の付き方が違う。もう10年以上も前になるけれども、ニューヨークでいくつかのレッスンを受けたことがあった。いわゆる安座、あぐらのような座り方をしても、腰が曲がり、膝が浮いてしまう先生が多かった。

 

安座も、正座も、床での座り方の呼び名である。ヨーガでは、それぞれ、スッカアーサナ、バジュラアーサナという。欧米には、こうした座り方に呼び名はない。名前がないというのは、そういった物事がその言語が話される人々のところに存在しないか、あるいは、その人々が、それに特別な価値を認めないということだ。

 

日本では、テニスやゴルフの用語がないので、英語を使う。瞑想が進んでいく段階についてはインドの言葉を使う。

 

ヨーガでは、座るということに、とても大きな価値を置く。ご存知の方が多いと思うけど、ヨーガ・スートラという教科書に、「安定し、快適であるのがアーサナ(坐法)である」(2-46)とある。そして、「アーサナが整ったところで、入る息、吐く息をコントロールする、これがプラーナヤーマである」(2-49)と続く。プラーナヤーマが進むと、「四番目の段階」(2-51)へ進み、「やがて心は、調和し吸収され」(2-53)、「感覚器官は完全に統制され」(2-55)、ダーラナ(凝念、集中)、ディヤーナ(瞑想、禅)、サマディ(三昧)へと意識を集中させ、深め、広げていく。こうした一連の心の訓練法がヨーガと呼ばれる。

 

私の育った昭和の家は、まだ畳が多かった。立って座っては、いつものことだったし、小学生四年で引っ越すまではお手洗いは和式だった。こうした環境で育つと、アーサナはそこまで難しいものではない。学校は椅子と机だったけれども、書初めの宿題は畳の上で行った。そこで筆を運ぶとき、「安定し、快適」に座った。上半身が自由であるためには、下半身が安定していないといけない。頭が空であるためには、肚に力が入らないとならない。こういった言語化ができていようがいまいが、私たちはこうした文化に育ってきた。こうした文化に育った人間が、「安定し、快適」に座るためのアーサナの修練に明け暮れて、どのアーサナが出来た、出来ないと一喜一憂するのを見ると複雑な気持ちになる。

 

もちろん、アーサナの一つの側面に、アクロバティックなエクササイズとして楽しめる面があることが、今のヨーガの流行を支える大きな力になっていることは一ヨガスタジオ運営者として喜ぶべきことだと思う。でも、そこに拘泥して、執着して、怪我までして、ましてやヨーガを嫌いになってしまう人が出てくるのを見るとやるせない気持ちになる。

 

「日本のヨーガ」を掲げたくなってしまう気持ちもお分かりいただけたでしょうか。

 

第11期指導者養成コースの高尾山薬王院合宿にて