マンゴー通信 – ヨーガやインド、心と身体の健康などに関すること。 – 友永ヨーガ学院
18.10.7
129号
友永乾史
(友永ヨーガ学院理事、マンゴー通信編集長)


What's Mango Express?~マンゴー通信のご紹介~

 ただひたすらマンゴーを食べるときのようにヨーガを味わって欲しい、インド原産のマンゴーのように多くの人に愛されたい、そんな気持ちで書いています。ヨーガやインド、心と身体の健康などに関することをテーマにほぼ毎週アップします。

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第129号 日本のヨーガ(1)


 ピーター・ドラッカーという、経営分野でのグルのような人がいる。ヨーガをしていたかどうかは知らないけれども、非常に微細なところで物事をつかむその眼は、おそらく瞑想的なトレーニングを行ってきたのだと感じる。彼は日本のことをよく見ていて、こんなことを書いている。

 

「西暦500年ごろ、仏教とともに、高度に洗練された中国文化が日本に入ってきた。当初その影響は、完全に日本中を席捲したように見えた。すべてのものが中国や朝鮮から入ってきた。僧侶、美術家、職人、そして文書、詩、美術品、繊維が入ってきた。しかし、そのわずか200年後の奈良時代には、日本は、中国や朝鮮の技術によって、しかも完全に仏教の教えにのっとりつつ、きわめて日本的な彫刻を生み出した。

 

日本は、中国の行政や社会の構造まで変質させて移入した。仏教と儒教の双方を日本の部族社会、さらに、やがては武士社会に奉仕させるものにした。皇室や寺院をのぞいて土地所有の概念のなかった日本に、家族に基礎を置く中国の土地所有の概念を変質させて移植した。それまでに日本には、土地そのものに対する所有権は存在せす、土地の生産物に対する権利、すなわし土地に公租をかける権利があるだけだった。これと同じことが、陶芸や、詩や、建築の分野でも起こった。

 

これは、いまも起こっている。日本化される文化が中国のものではなく、西洋のものであるという違いがあるだけである。日本は、形式や技術や概念をきわめて巧みに利用する。15世紀や18世紀の画家のように、日本人は技術を急速に改善する。筆使いの巧みさにおいて、15世紀の山水画家である雪舟(1420-1506年)に肩を並べうる画家は中国にはほとんどいない。企業組織と経営技術において、今日の日本大商社に肩を並べうる企業は欧米にはほとんどない。」(『すでに起こった未来』P.F.ドラッカー著 ダイアモンド社 1994)

 

ヨーガブームの黎明期、一部のヨガ教室で、米国の先生を連れて来たところがあった。何人かは素晴らしい先生だったと思うが、そうでない人も大勢いたのだと思う。今も日本に招かれてまでくる先生は、ほとんどいなくなったと思う。

 

ヨーガは、仏教とともに日本の生活に根を下ろし、それを私たちのご先祖さまは、ずっとヨーガと知らずに、躾として、あるいは技としてよく身につけてきた。そういったベースのある私たちに、たかだか数十年の経験でもってヨーガを教えようというのには無理がある。

 

もちろん、今、私たち日本人が、苦労して身につけてきたそうした無形資産を競うように脱ぎ捨てていることをよく理解した上での先生であれば、非常に意義深いレッスンになるだろうけれども。

第12期指導者養成コース 高尾山薬王院合宿のヒトコマ