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ヒマラヤに行ってそこで純粋でいることはたいして難しいことじゃない
ほかにどうしようがある?
あなたは純粋でいるしかない
それはほとんど避け難いことだとも言える
あなたのヒマラヤをもう一度世間に持ってきなさい
あなたのヒマラヤを世間の真ただ中
市場の真ただ只中のいまここにあらしめるのだ
そうすれば そこに初めて判定がある 試練がある
本当の試練は世の中の中にあるものだ
もしあなたが本当に涅槃を遂げていたらあなたは世間に帰ってくるだろう
もうそこには何の恐れもないからだ
もうあなたはどこにでもいられる
いまや地獄さえ天国であり 暗闇でさえ光であり そして死でさえも生なのだ
(ヴァグワン シュリ ラジネーシのお話から)
リシケシに行ってまいりました。07年の10月28日から第8回目になる学院の修行と観光の旅のお供です。上の詩は、1987年に会報として発行された、“プラーナ4号”の記事からの孫引きです。シバナンダアシュラムから東京にもどって、ちょうど1ヶ月。プラーナ6号の準備をしていたらこんな言葉に出会ってしまいました。
ヒマラヤをリシケシと読み替えれば、今回の旅行の参加者の皆さんにも当てはまることでしょう。まだ暗いうちに、布団を蹴飛ばすように起きて、サマディーホールまでの下り坂を走ったあの朝。ヒマラヤからの朝日と風を身体一杯に浴びて、全身全霊が生き返ったあのアーサナの時間。夕方、滔々と流れるガンガを望んで、みんなで歌ったアラティのマントラ。一日一日が新鮮で神聖だったあの日々。
試練はまさに、私の世間、東京にあります。涅槃、つまりは明鏡止水の境地にいるには大変なこの土地。さまざまな情報が、リシケシとは比べ物にならないほどに私たちの脳内に居座ろうとします。
帰国してしばらく後、うちで洗い物をしていると、なぜか携帯電話がたらいに浮いています。いそいで DoCoMo ショップに走ると、データだけは助かったよう。でも、もう FOMA しかありませんとのこと。仕方なく一番シンプルなものを選ぶと、画面の下にずーっとニュースの流れる帯が。1週間の無料でのお試しサービスだそうです。その日も殺人事件のニュースがえんえんと繰り返されていました。電車の中も、街中も、誰もほっておいてくれないのが、ここ東京です。
来年で友永ヨーガ学院は30周年を迎えます。ここにくれば、肩の荷を降ろせ、胸の支えが取れ、あのリシケシの静寂に戻れる。そんな場所になれるよう、来年もスタッフ一同精進を続けたいと思います。
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