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バスタオルにくるまって迎えた朝は、遠くからマントラを唱える声が聞こえます。この声は、シバナンダアシュラムからではなく、ガンジスの対岸のアシュラムから聞こえるマントラでした。拡声器を使って24時間流しているそうです。この音がこの合宿の通奏低音のように響いていました。
前夜到着したのが真夜中の12時過ぎ、ベッドに入ったのが1時ごろ、そして目を覚ましたのが4時半。3時間半しか寝ていないのに、眠くないし、もう寝たくない。身体中に力がみなぎっている感じ。ヨーガ風に言えばプラーナの通りがいい感じです。同室の二人はもう身づくろいを始めている。混んでいるシャワーを使うのも嫌だし、とにかくガンジスを見なければと、石鹸とバスタオルを掴んで部屋を出る。谷を渡る橋を渡り、アシュラムの集会所、印刷所を抜けて長い石段を下る。3輪のリキシャが客待ちをする道路を越えると病院。もう遠くからの病人達が開院を待っている。アシュラムのオフィスを抜けるとそこにはガンジス(ガンガ、恒河)が左手のヒマラヤのほうから圧倒的な水量と水圧で流れてくる。まだ朝日が昇らないので水は真っ黒に流れている。石段を降りて、足を浸けてみる。冷たい。でも、とても親密な冷たさ。全身水浴びをしたら確実に気持ちが良いと思わせる冷たさだ。パンツ一丁になって、腿まで入り、ウジャーイの呼吸で吐きながら頭まで浸かる。流れは力強くてしっかり足を踏ん張っていないと流される。石鹸で頭と身体をざっと洗う。石段に上がってバスタオルで拭くとぽかぽかして気持ちが良い。ところどころに灯る明かりの下、水浴びをする人たちがポツリポツリ見える。観光客と思しきインド人も、パンツ一丁で入ろうとしている。でもやっぱりかなり冷たいらしくて腿までしか入らない。そこを同行の友人が写真で撮ってあげている。その向こうには布一丁、杖一丁のサドゥーが何の躊躇も迷いもなく、黙々と沐浴をしている。これが日課なのだろうから当たり前だけれど。まだ日は昇らない。
実は以前ベナレスで沐浴をしたことがあって、ガンジスに浸かるのはこれが初めてというわけではない。しかしそのときは乾季だったので水量が少なかったし、水もぬるく、水も汚かったので肝試しで入ったようなものだった。子供の頃から話しを聞いてきたリシケシで、滔々とながれるガンジスに身を浸すのは格別な思い。河を眺めながら、なんだかどんどん元気が沸いてくるような気がする。この一日が始まったばかりで、まだ日も昇っていないことにいたく満足する。東京を発って50時間。それ以上の甲斐がありました。
オフィスの間の路地を抜け、石段を駆け上る。アシュラム内のある寺院の中からけたたましい鐘の音が響いている。その建物に、オレンジ、白、黄色いろいろな袈裟を着たスワミ(僧)たちと、ピンクや緑などのサリーを着たおばさんたちが入っていく。みんなでお経を唱えながらお祈りをしているようだ。とりあえず一緒になって入っていって、一番後ろに坐る。次々に私の後にも若いスワミたちが連なる。お経が終わると、一人一人ご本尊のシバ神(だと思う)にお祈りをして、外に出る。バケツからひしゃくで甘くて熱いお菓子を手のひらに載せてもらう。お米とナッツでできたお菓子らしい。
学院のプログラムの朝のアーサナの時間なので、急いで宿舎まで戻る。もう周囲は明るい。宿舎の屋上まで登ると、もうみんな太陽礼拝を始めていた。山の端から朝日が輝いていて、眼下にはガンジスが流れている。屋上の柵の上で大きな白いヒヒが僕らのことを眺めている。もうお腹一杯になるくらい素敵な思いをしているのに、やっと日が昇ったばかり。暖かい光に包まれての瞑想も格別でした。
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