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インドと聞くとどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。カレー、象、サリー、宝石、マハラジャ、カースト制度、スパイス、アーユルヴェーダ、ヨーガ、ヒマラヤ、ガンジス河、ソフトウェアのエンジニア、貧しさ、汚さ、乞食、富豪、信仰、高潔さ、紅茶、織物、街をあるく牛、タージマハル、などなど。
私は、ソフトウェア会社の仕事で、2001年までニューデリーに3年半住んでいました。デリーに住み始めて1年を過ぎて、駐印歴20年の大先輩に出会うことができました。その大先輩にいろいろとインドでの生活のコツを聞くまで、インドでの生活は苦痛そのものでした。仕事で出会うインド人にはいろいろな人間がいましたが、仕事をすることそのものに不慣れでもあった私は、仕事上しばしば出遭う、うそやだまし、しつこさに辟易していました。長い夏の暑さ、食あたり、停電などなどにもうんざりしていたので、休暇が取れれば、日本に帰国するか、もしかなわなければ、タイやインドネシアなどの国へでかけてリフレッシュを試みていました。当学院の院長率いるツアーが来ると、一泊目のデリー市内のホテルまで会いに行き、夕食を一緒にして、インド北部、ヒマラヤのふもとにあるリシケシに旅立つ皆さんを見送っていました。仕事も忙しく、当時の私にとって、ヨーガはいつかやるものであり、リシケシにも一生のうちにいつか行ければ良いと思っていました。
学院では、リシケシに1年半に一回、4泊から5泊程度滞在する旅行を行っています。リシケシでは、スワミ・シバナンダという人が創設したディバイン ライフ ソサエティー、通称、シバナンダアシュラムに宿泊させてもらっています。
アシュラムの部屋は、シンプルな木のベッドに、薄いマットレス、机と椅子、それに天井扇。しっくいの壁に薄く青いペンキがのっている、ただそれだけの部屋。そこに3、4人が一部屋に泊まります。そんな部屋が30部屋ほどの3階建ての建物が私たちの宿舎、イシュワルバワンです。その建物のなかで、文明の利器と言えるものは、ダイアル式の漆黒の電話とシャワーを暖める温水器だけです。
朝は4時半起床、5時から6時まで瞑想の時間、6時半から8時はアーサナとプラナヤーマの練習、8時過ぎから朝食、10時から講話、12時半には昼ごはん、午後は4時半まで自由時間、4時半から5時半は、マントラの詠唱、5時半から6時15分はガンガーアラティーといって、灯明をガンジス河に流す儀式、6時半から夕食、7時半から講話、9時半まで。すべては自主参加なので、その人のペースで参加すればOKです。
今回、昨年の2004年9月に、学院の第6回インド旅行に参加して、私は初めてリシケシはシバナンダアシュラムに滞在しました。これから数回にわたってこの旅行のことを書き綴っていきます。
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