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私の身の回りでヨーガをしている人に、「瞑想していて気持ちいと思えるようなときはどういう時ですか?」 と聞いてみました。
「『自分』 というものがないような状態。あるいは、自分が宇宙と一緒になってしまったみたいに、自分がものすごく大きく感じられるとき」 友永学院長
「光の世界にいる状態。みんななにもかも結ばれていて、とても気持ちが良い。夢を見ているのとは違うというのはよく分かる。このままレッスンが終わらないで・・と思う」
7期生 Mさん
「自分も何もなくて、まったくなにもなくなってしまったような状態。雲の上で座っているような感じ」湯沢先生
ちなみに私も一度だけ、足を組んで座って気持ちよかったと思えたときがあります。おこがましくもご披露します。それは、去年の9月、沖縄のビーチで起こりました。ある仕事を終えて、とても開放的な気分で、海水パンツに着替えて海に浸かりました。もう日が落ちた後でしたが、まだ西の空が赤い頃。たっぷり40分くらいアーサナをしました。砂の上だったので安定が良く、頭立のポーズもうまくできました。シャバアーサナをして、プラナヤーマを数種類、そして海に向かって傾斜している砂の上で足を組みました。遠くに車のヘッドライトが見えます。呼吸がすごく深くなっているのが分かります。しばらく、ああ、瞑想って気持ちの良いものなのだなあ、と思っていると、ふと、呼吸に合わせてその場の空間まで大きく膨らんだり、しぼんだりしているような感覚に包まれました。目が開いていたか閉じていたかよく覚えていませんが、息を吸うと、遠くのヘッドライトから星からなにから何まで大きく膨らんで、吐くと萎んでいきます。どのくらい座っていたのかよく覚えていません。
共通しているのは、アーサナをした後で、呼吸をしているのかどうか忘れてしまうほど呼吸が長い状態のとき、気持ちのよい瞑想はやって来ると言うことです。そして、そのときには「自分」
と「そのほか」 の区別が曖昧になって、一緒くたになっているということ。そしてそれはもう一度追求せずにはいられないほど、本当に、ものすごく気持ちがいいということです。質問をしたときは、皆すこし興奮しながら、本当に嬉しそうに、素敵な思い出を懐かしむような顔つきで答えてくれました。
前回のマンゴー通信をアップ後、当院の指導者の一人にある冊子をもらいました。それはスワミ・クリシュナナンダという先生が書かれた、ヨーガと瞑想に関する本でした。その中で先生は瞑想をこのように定義しています。(原典は http://www.swami-krishnananda.org/ymj/ymj_1.htmlに載っています)
「もしあなたがこういうような心の状態に数分でもいられれば、それは瞑想状態に入っていると言えるでしょう。それは、宇宙とは意識の海であり、あなたがその意識の海の波のようなものでいられる状態、そして、その世界のなかに物質だとか、無機的なものがない状態。こういったものは知覚のもつ普遍性なのです。
対象をもつ個人的な知覚とは違います。」
こういう、自他の区別が曖昧で、宇宙と繋がっていると感じられるような、とても気持ちのよい状態というのは、誰にでも同じように起こることであると書かれています。
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